« 学校の中 | トップページ | 稲妻大蔵 »

2006年6月28日 (水)

広橋兼胤公武御用日記

 山本博文さんの『日本史の一級史料』についてこのブログで取り上げましたが、その中に竹内式部の宝暦事件に関する記事は出色として、「広橋兼胤公武御用日記」が紹介してあります。

 この事件に関係のある坊城俊逸、勘解由小路資望と岡崎国栄が宝暦2年二条川東での勧進相撲を見物したことを咎められていることがわかりました。堂上の身でありながら雑人群集の場所で徘徊したというわけです。

  四条歌舞伎芝居とは違って強禁制はなかったと言い訳しますが、4月7日に京都所司代となった酒井忠用讃岐守は相撲場堂上見物は不穏便だとします。元禄期北小路俊光はたびたび見に行っていますよね。

 相撲見物の堂上の名は二年後の宝暦4年10月に上記三人にまちがいなしと日記には記されています。

|

« 学校の中 | トップページ | 稲妻大蔵 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/84424/2410892

この記事へのトラックバック一覧です: 広橋兼胤公武御用日記:

« 学校の中 | トップページ | 稲妻大蔵 »