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2006年9月 3日 (日)

御崎川太市

 『松江八百八町 町内物語 末次の巻』(荒木英信著)に御崎川太市は文政五年十一月歿し誓願寺に葬られたとある。

 『島根相撲史資料集』(勝部修和著)にも御崎川のことが自筆で追記されている。

 御崎川は『諸国相撲控帳』の中でもいちばんよく登場し、雷電の支え役とでもいえる役割を勤めている。誓願寺にある墓石は稲妻雷五郎の根本家の墓をはじめ、古い墓は剥落していて読み取れないので、花谷幸三さんにご教示を乞う。

 誓願寺の過去帳は明治初年に火災があり消失、現在あるものはその後檀家にある過去帳からそれぞれ持ち寄り作成されたという。

 花谷さんから相撲関係を拾い上げていただいた。御崎川太市は「文政五壬午年十一月廿九日 御舟屋大野勘兵衛養父 御崎川太市事 松樹院旦那」とある。荒木さんの本には「文政五年十一月の末妻の跡を追って歿し」とあるが、妻は文政六年五月廿日歿であった。

 不破関浦之助弟子に「文政十三庚寅年十一月六日 筑後相撲取り荒熊周助事 是ハ假り名也 実ハ筑前磯石梅五郎事也」という奇怪な記録もある。

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