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2006年9月10日 (日)

大蛇山虎五郎

 大田市加土の江月庵に大蛇山虎五郎の墓がある。正面「大蛇山虎五郎墓」、右面「天保十五年甲辰正月二十三日歿」、左面「弘化四年丁未四月追善角力興行」、背面「勧進元  稲妻雷五郎 差添人 岩風亀太郎」。これは二代目。

 初代の大蛇山虎五郎は文政七年鼓ヶ滝調右衛門と改め、同十二年限りで雲州に戻り、頭取となったが、大坂頭取小野川が死去したため、小野川を襲名、世話人から頭取となったが、弘化二年限りで松江に戻った。

 明治三年五月十一日歿して、松江市の円成寺に葬られたが、現在墓は見あたらない。尾野姓。

  平田郷土史研究会の『郷土史ひらた』第3号(1992年7月)に陣幕久五郎と出来山和市、第4号(1992年11月)に鼓ヶ滝調右衛門のことを小村尚さんが調査結果をまとめて報告されている。

  

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