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2006年10月 3日 (火)

四角い土俵再現

 岩手県立博物館に四角い土俵が再現され、式正相撲(儀式相撲)と遊覧相撲(勧進相撲)が披露された。その模様を写真入りで、10月2日の岩手日報と河北新報が報じている。

 この土俵を再現する企画を立てた、博物館の舟山晋学芸員に敬意を表したい。

 今、岡山県勝央町に四角い土俵があるが、年1回の大会以外はシートに覆われていて見られない。かすかに土俵の俵が浮き出ている様子から察して、現代風の造りになっているようだ。

 しかし、再現された土俵は太い俵で埋められずに並べられている。この展覧会で講演する杉浦弘さんから図録をいただいたが、それに再現にあたっての俵づくりの模様が写真入りで詳しく載っている。

 今の稲の品種は丈が短く、機械で刈り取ると斜めに切られて米俵に不適、そこで丈の長い品種を選んで、田植えも稲刈りも手で行い、麻紐を交錯させることを繰り返し、一俵三時間かけて、四十個の俵を作ったという。

 ぜひ盛岡市まで足をのばして、見に行かれることをお勧めする。他にも珍しいものがたくさん展示されている。11月23日まで。

 図録の説明にはいささか異を唱えたいところがある。30ページに宝永元年の角土俵図として、上部に大山治郎右衛門相撲興行の文書、下部に取組絵が組み合わさって表装されたものが出ているが、下部は『宝永花落細見図』の一齣で京都六波羅での興行を描いたものである。上下は一体でなく別々の二つをつないで表装したもの。宝永期に四角い土俵が描かれていたという例示に提供したが、解説がよく理解されないままになされたと出品者からの連絡がさっそく届いた。

 力士の紹介も引用した史料の不適さが尾を引いているとの指摘も別の方から既に届いている。

 前にも書いたが、二所ノ関軍右衛門の化粧廻しは箱書きから見ても、二所ノ関を通していただいた錦野要作の化粧廻し。お古をもらったわけではないと思うが。

 

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コメント

お久しぶりです。本日の木梨氏の講演に行って参りました(先週の杉浦氏の講演は、行けませんでした)。来客は、県相撲連盟関係者が多いようでした。
陸奥の一藩の内情の、それもごく一部を「相撲」というキーワードで一般人向けに講演するというのは、なかなか難しいものだと思って聴きました。せっかく盛岡に住んでいるのだから、南部相撲を少し勉強したほうがいいかとも思いますが、私ごときには歯が立たない代物かもしれません。大学の研究者がこういったテーマで研究するのは珍しいのではないかと思いますが、継続的に研究されているようで頭が下がります

投稿: やまびこ勘太郎 | 2006年10月22日 (日) 20時53分

コメントありがとうございます。四角い土俵を再現するなど、なかなかやりますね。わたしは11月に飛行機の超割が片道だけでも取れたので、その時に見に行きます。

投稿: 竹ヶ戸 | 2006年10月22日 (日) 21時27分

 木梨先生の講演会には約50人が集まり、陸前山田在住の長瀬家の子孫らも来ていたようです。
 寛永8年(1631)の「相撲行司絵巻」(木瀬太朗太夫重正・岩井播磨掾久次・岩井播磨守清次らの執筆)に描かれた相撲絵(土俵がなく、厚い布を巻いた柱に相手を押し付けたり、相手を殴ったり、膝を地面につけての投げ技、寝技などもあり、今でいう柔道、総合格闘技のようなもの)や、生方次郎兵衛が延宝3~4年(1675~76)に書いた「南部相撲行司家伝書」(当時すでに大関・関脇・小結の名称が使われており、勝者には弓や弓弦を渡している)という〝ルールブック〟などの資料紹介は興味深いものでした。
 生方は陰陽道の思想をうまく取り入れて四本柱を四色に分けるなど南部独自の土俵を作り、用途に応じて八角土俵、丸い土俵、四角土俵を使い分けていました。一般民衆は四角い土俵での相撲しか見ることができなかったため、南部相撲=四角土俵という先入観が出来上がってしまいました。
 また木梨先生は、南部の「相撲極伝之書」で、四本柱を「四本懸(かかり)」と表現していることに着目、これは蹴鞠の「懸(かかり)」(桜・柳・楓・松)を採り入れたのでは、という節も新鮮でした。
 江戸相撲は、四本柱に意味を持たせるなど、南部相撲のルールを参考にしたのかもしれません。

投稿: 柏野 | 2006年10月23日 (月) 13時49分

という節→という説

投稿: 柏野 | 2006年10月23日 (月) 13時51分

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