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2006年10月26日 (木)

御刀番勤方日記

 『北奥文化』第27号(平成18年10月)に佐藤文孝さんが「南部の相撲史(2)」として、遠山家文書の中の「御刀番勤方日記」を取り上げている。五所川原市在住の佐藤さんは一級史料からの弘前藩や八戸藩の相撲史解明に取り組み、実地に歩いて調査をされている方である。いつも湖沼山さんを通してその研究成果を拝見している。

 この27号でおもしろいのは藩から浦風、雷との間に文書が往き来していて、八戸藩の力士の番付が書き換えられているのである。そしてそれには金銭が遣わされたりしているという興味深いことが記されている。

 盆に二百疋、暮に三百疋が雷、浦風に届けられ、場所ごとにも勧進元、木戸、土俵、筆頭、雷、浦風、茶屋に二百疋、筆脇、差添、帳元、与太夫、働に百疋届けられている。

 多分、他の藩でも同じことであろう。

 番付が勝敗によって作成されていなかった江戸時代、最高位がどうとか、二段目以下を無視した観点からの研究はやめにした方がよい。

 なお、佐藤さんはこの号において、長瀬家の系図、長瀬家の役割についても論考している。

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