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2006年12月11日 (月)

山の上三太夫 その1

 旧宮古街道簗川の長洞神社に三基の古墓があり、その右端が山の上の墓で、「山上作太夫」と刻まれている。門弟たちが刑余の屍をここへ運んできて葬ったといわれる。

 なぜ刑を受けたかは南部相撲資料に、「作太夫在辺に居て己カ力量ニ自負シテ世人ヲ眼下シ剰ヘ公法ヲ畏レス或日制禁ノ御狩場ニ於テ銃炮ヲ以テ□□□ヲ盗撃シ其ノ罪科ニ因テ死刑ニ処セラル」とある。その日に赦書が出されたが、運悪く間に合わなかったようだ。(□の個所は空白)

 後に御角力の者たちが八幡社に一宇を創建、霊を祀り、滝沢村にあるのは嫁いでいた姉が悲しんで祀ったものといわれる。

 この簗川へは交通の便が悪くまだ訪れていないが、杉浦弘さんは訪ねており、岩手県立博物館での講演でも、殿様の子が乗った籠を橋の欄干の外に出したということでなく、お狩り場での盗撃が原因だと話してきたとおっしゃった。

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