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2006年12月16日 (土)

南部の横番付

 八戸市博物館での大相撲展、岩手県立博物館での四角い土俵とチカラビト展のいずれにも南部相撲独特の番付が展示されていましたが、解説にその独特さには何一つ触れられていませんでした。

 横番付ですが、ふつうは右側から大関、関脇、小結、以下前頭という順ですが、南部のは草結から始まって左端に小結、関脇、大関という順に名を連ねています。

 八戸のは嘉永元年九月のもので、全部メモしてきましたが、本方は草結荒飛甚太夫に始まって嶽ノ越兵吉、出ヶ島菊松、岩木野三之助、以下30人あって、次ぎに七ツ石吉之助、達ノ海浪五郎、鳴滝文右衛門、縄張綱右衛門、小結関ノ戸億右衛門、関脇荒熊力之助、大関猪王山森右衛門。

 寄方は草結逆鉾幾右衛門、稲荷山萬吉、越ノ山和吉、大島与助、以下30人あって、次ぎに大澤万五郎、藤ノ越三五郎、橘富五郎、岩木川林之助、小結伊勢海村右衛門、関脇天津風雲右衛門、大関秀ノ山雷五郎。

 江戸番付でいえば西方に名のある力士が巡業に来ていることがわかります。両小結に引退している関ノ戸と伊勢海が名を連ねているのもおもしろいと思います。ここに名をあげた力士は幕内から三段目上位の力士で、この巡業での目玉力士です。

 「草結」という言葉は今でも隠岐古典相撲で使われていますが、最初の取り組みを行う力士で、重要な役目をになっています。そして、この番付は取り組み順に書かれていることがわかります。

 盛岡での展示には弘化4年8月と嘉永3年9月の寄方の番付が出品され、図録に載っていますので、ここでは省略します。

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