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2007年1月 4日 (木)

猪名川町

 干支に因んで今年の相撲史跡調べは『相撲の史跡 5』に洩れている猪名川町万善の神楽山探しから始める。

 3日8時過ぎ家を出て10時20分日生中央駅に着く。駅前のローソンでおにぎりを仕入れたらおみやげをくれた。たった210円の買い物でいただくのは悪いなと思ったけれど、ありがたく頂戴する。

 昭和57年測量の2万5千の地図なので道路が随分変わっている。さらに大きな道路を建設中でもある。紫合(ゆうだ)という珍しい地名の所から猪名川右岸を南田原に出る。光台寺の墓地を見る。ここからは近畿自然歩道になっていて、西に向かえば多田銀山へ通じている。北へ向かうと人一人しか通れない川縁の道になってしまった。板橋を渡って大井に着く。このあたり虹マスの釣り場になっていて、家族連れで賑わっていた。

 東光寺には県重文の木喰上人像が安置されているが、境内に上人が彫ったという立木の中に赤子を抱いた観音像が埋め込まれた立木子安観音があった。

 万善に着く。道の駅があるが休み。神楽山の碑がどこかわからない。天乳寺という寺で尋ねる。ここにも木喰上人像が祀られていて、やはり県重文に指定されている。住職が町内の観光案内図のあるところの向かい側と教えてくれる。通り過ぎてきてしまっていた。

 槻並川に架かる東山橋の西畔にあった。道路より低い位置にあって気がつかなかった。多分今ある道路の方がかさ上げされたのであろう。自然石の正面に「神楽山勇蔵 常盤山門弟中」 背面に「嘉永二酉八月建」とあるようだ。

1171721_img  猪名川左岸の広い道を紫合に戻り、猪名川町役場前から清和台の住宅地を通り、15時半源氏ゆかりの多田神社に着く。平成八年三月二十六日、多田満仲1000年祭記念に手数入りを奉納した曙と貴乃花が記念に植樹した木が三メートルばかりに育っていた。

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