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2007年3月 7日 (水)

朝日松清吉 雲鶴政太郎

 泉州地域は『相撲の史跡5』ができた後、地元の好角家に抜けているところを車で案内していただいた。

 泉大津市下之町の共同墓地に朝日松清治郎が建てた墓が二基ある。一つは右面に「明治廿二年八月二日 朝日松」とあり、幕末から明治十四年にかけて大阪相撲の番付に名がある父の朝日松清吉。その左手にも台石に朝日枩清治郎とある墓があり、右面に「明治四十一年三月建之」とある。

 台石に「雲鶴」とあり、「雲譽鶴錦山峻善禪定門」という戒名のある墓は雲鶴政太郎と思われる。神戸市の春日野墓地に雲鶴喜太郎、雲鶴藤左衛門、雲鶴政太郎の墓が三基並んで建っていることを『相撲の史跡』5で紹介し、政太郎の出身地は和泉と思えると記したが、それを裏付ける墓である。

 泉大津共同墓地に代議士だった小西寅松の墓があるが、寅林のしこ名で草相撲を取っていた。岡錦、大緑、岩勇、板橋墓地の瀧之音、染ヶ瀧などもその系列の力士たち。

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