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2007年3月18日 (日)

尼崎市内の相撲関係碑

 尼崎市内の力士墓碑については尼崎郷土史研究会会報『みちしるべ』第17号(昭和63年3月発行)に朝倉昌夫さんが書いておられ、48基を確認されている。

 『相撲の史跡5』で見落としている中で、鶴岡勘太郎 寛政九年八月十一日が西難波墓地にあるようだが、宝暦から明和にかけて大坂番付に名のある尼頭書の鶴ヶ岡喜太郎のことと思えるが、まだ見つけ出せていない。

 食満墓地に礒川又右衛門(天保)と幕末の伊勢ヶ浜駒吉もある。これは確認。

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