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2007年3月 4日 (日)

堺の秋津川

 三月場所に合わせて、『相撲の史跡5』や『京都・滋賀の相撲』に載せていない、すなわち発行後に判明した力士墓碑を順次紹介していく。

 堺市堺区寺池町4丁の旭蓮社大阿弥陀経寺に堺頭取秋津川の墓がある。穐津川音松、穐津川吉平、八角甚吉の三基は一つの台石にあり、台石には下段背面に鬼勝鹿之助、浪ノ戸卯太夫、小鳴戸千之助、常盤木安之助、右面に堺世話人鈴鹿川宗吉他9名、左面に泉世話人絹川嘉兵衛他7名の名がある。

 この墓は大正13年9月に子孫や弟子達が資料をもとに保存したもので、背面に名のある鈴鹿川宗吉が文化12年9月25日歿(今は鉢ヶ峰霊園に移されているが、もともとはこの寺に墓があった)から推して文化12年以前に建てられていたものと思われる。

 安政の秋津川吉平(前名曙駒之助)の墓は別にあって、安政三年八月建。子孫に尋ねたところ明治16年2月17日歿。長男駒蔵は大正5年歿、二男曙虎之助は明治12年8月10日現役死亡。

 堺市中央図書館の『相撲の史跡5』にはこの墓について、巻末に追加として添付してもらっている。

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