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2007年4月12日 (木)

山田の力士たち

 大坂番付に「山田」頭書の力士が見られる。この山田は万国博記念公園近くの千里丘陵にあり、現在は吹田市。

 丘陵地帯だけに見通しがきかず、墓地すら見落としていたが、数年前に地元の郷土史家の案内で墓を訪ねることができた。それらの墓は山田郷土史「山田のあゆみ」(2001年3月発行)に紹介されている。

 最も古いのは寛政4年4月10日建の松風軍治。安永から天明にかけて江戸番付にも出てくる。同年11月2日建の諸羽川善蔵、文化10年6月の諸綱淺五郎と古い墓が多く、文化5年4月7日の勇駒三五郎墓には諸綱連中とある。勇駒は大坂番付に見える。

 墓は見つかっていないが、小金つる清吉、山ノ音虎吉、源氏山庄吉、浪ノ音市松、明治の源氏山大吉、七ツ山熊吉なども山田頭書。

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コメント

頭書に山田なんてあるんですね。若い頃山田に通っていました。万博の頃は山田からも会場へ行けたようです。今はモノレールとの乗換駅になってますね。万博の駐車場後で、よく軟式野球をしました。外野の頭を抜かれると果てしなくボールが転がっていき大変でした。(下がアスファルトなのでよく弾み、ワンバウンドして頭の上を越えていきます。)
関係ない話ですが、つい最近まで山田に住んでいました。でもこちらの山田は大阪の山田とは全く違うところです。

投稿: いなか | 2007年4月12日 (木) 22時25分

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