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2007年5月 2日 (水)

摂津市を今一度歩く

 2万5千分の地図を1万分の1の地図に切り替えて今一度歩く。摂津市は新幹線の基地があり、流通倉庫が集中、畑地も少なくなり、道路状況が一変している。

 そのため、墓地も整理され、移動している。この際、傷んだ墓は○○家先祖代々墓に建て替えられたりする。寺院内墓地の墓でも傷んだ墓は建て替えられ、無縁墓は整理されてしまう。貴重な墓なのにどうして無くすのかと抗議してきたなどと知らせてくる人がいるが、わたしは家や寺の事情を考えるとやむを得ないのじゃないかと思う。わたし自身も父の郷里の先祖代々の墓を無縁塔に移してきた。

 消えゆく運命の史料を紙に記録して残していくことが大事なのだと思う。

 茨木市の市島墓地でものすごく小さな高さ40センチくらいの二人のしこ名を刻んだ墓が見つかった。入口入ってすぐの右側、なぜ前には見落としたのか、下を向いて歩くことも必要だ。墓には「若ヶ山、鶴ヶ嶋」とだけある。

 摂津市と茨木市南部は玉嶋代々の墓が目につく。安永頃からの墓があり、代々も整理してみたい。

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