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2007年5月14日 (月)

平岩三右衛門

 『福岡』31、32号(昭和4年3月、4月号 東西文化社発行)に、井上欽二氏が「福博相撲史断片(一)、(二)」、『野球界』昭和16年1月15日号に、松尾樹明氏が「博多相撲の話」と題して書いているが、そのネタは『旧奇集』から仕入れたものである。

 享和二年夏の浜小路での興行で市の川が平岩を見事に投げた勝負に、ヒイキ客が「今一番取らせ取らせ、行司行司」と土俵際まで見物人の頭の上を歩いて迫った。

 「平岩は幕内に抜き唐津藩に抱えられたが程なく死す」とあり、文化5年春上段で出場、同年冬秋月頭書が唐津頭書となり、同6年春も番付にあるが、両場所とも全休、死去したと断定できる。

 「大関雷電平石押尾川千田川桟シ稲妻本中ニテ市の川白峯藤の戸平岩」とあり、『諸国相撲控帳』でもそのメンバーが確認できるが、内容が書かれているのは市の川と平岩の勝負だけである。他の史料でも観客が熱中しているのは中相撲であった。

 

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