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2007年5月20日 (日)

鳳改め西国谷五郎

 『旧奇集』の文化十二年のところに、「此夏七月十八日より中川洲賀(那珂川)にて相撲興行殊の外大当たり候」と記したあとに、「鳳谷五郎後に西国と改名す 芦屋松原通行の図」として、ほおかむりした鳳が寒さに震えながら馬に乗って逃げるさし絵が載っている。極月末ばくちに負けた由で、土俵入りは大きな男でみごとだったのに、と哀れんでいる。

 筑紫野市諸田に「西国谷五郎西秀碑」を中央に、右に「西国大右衛門之碑」、左に「西国浅太郎之碑」と三名を刻んだ大きな碑がある。西鉄の沿線でJR筑豊線の北側、車内からも見える。背面に「初代 横綱西国谷五郎 筑前二日市 二代 横綱西国大右衛門 遠賀郡島門村 三代目 西国浅太郎 筑紫村大字諸田 大正十三年十月下浣 木村宗吾建之」とある。

 三代目の地元に建てられていることがわかる。筑紫野市教育委員会発行の「くらしの散歩」によれば、昭和初期まで二日市中学校横の墓地近くにあったという。この初代、二代は誰のことを指しているのだろうか。 すべて宮相撲だろうか?

 芦屋町、遠賀町あたりを歩いてみる必要がある。

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