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2007年7月13日 (金)

小野川濱五郎入牢、評判を高める

 大和野口村の西蓮寺住職竹園眞證が書き残した天保から明治5年までの記録を大和高田市の古文書を読む会の人たちが『竹園日記』3冊にまとめた。住職は相撲も好きで、付近の村での相撲や大坂相撲にも触れている。

 明治3年7月22日に「当月初めのことだけれど、大坂で小野川部屋の関取たちが天王寺のあたりを通っていたとき、異人が連れる犬が吠えかかってきた。相撲取りたちは犬を捕まえて投げ殺す。怒った異人が関取に飛びかかったところ、この人たちをもあやめてしまう。後日異人は役所に犯人をもらい受けたいと届け出る。大坂の頭取は相談し、相撲取り200人の面前で渡すので受け取りに参られよと返答。異人はその形勢を恐れて受け取りをあきらめる。この始末に小野川濱五郎一人が入牢、このたび御免出牢、評判を高め、近々大相撲興行、格別の大相撲興行となる由」といったことが記されている。

 この小野川濱五郎は大和高田に近い新庄町の出身で、義侠心が極めて高い人物。天保14年閏9月20日には麻山の相撲で勧進元をつとめ、「大男鼓ヶ滝調右衛門来、生年十七才、丈七尺余、目方四十貫」の記述もある。

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