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2007年7月20日 (金)

なれあい

 「早春賦の金山から馬頭、高畑山縦走」というホームページに、登山入口付近に荒岩と刻まれた墓があり、鐘ヶ坂トンネル付近の慰霊碑も浄瑠璃語りらしいが力士かもしれない、とあるので見に行く。

Photo_18  丹波大山駅から篠山川を渡って旧道を歩く。昔の面影を残す道で大きな常夜灯などもある。北野新田に道標があり、左の面に「右清水 大坂 左京 伊勢」、右の面に 「左なれあい」とある。さてさて、“なれあい”とは?、いろいろ考えながら歩く。けれど思いつかなかった。

 大山小学校で昼食、校門がなく、出入り自由、この頃はほとんどの学校が門を固く閉ざして、校内にある碑も見るのに都合が悪くなった。

1  追入は貴重な植物の群生地でアズマイチゲ、セツブンソウなど、地区の人たちが守っている。和泉式部の伝説が残る別れじの橋近くに、荒岩の墓があった。左面に「俗名庄五良」、右面に「嘉永三庚戌八月十三日」、台石に「門弟中」とある。

 鐘ヶ崎トンネルは三つある。最も古いのは通行禁止、二つ目の近くにある墓群はやはり浄瑠璃語りの人たちの供養塔で、力士はない。最も新しいトンネルは地下を通っている。

 帰路、西古佐から味間へ向かう道で新しくできた道標に、また「なれあい」。気になるので、近くにいたおばさんに尋ねる。「古いのが壊れて造り直したんです。天橋立の成相寺のことです。」 なるほど西国三十三ヶ所巡りの人たちへの道しるべ。北野新田の道標にある「右清水」は京都の清水でなく、社町の清水寺であることがわかって納得。後で調べると姫路の書写山近くの道標にも「「なれあい」とあることがわかった。「なりあいじ」なんだけれど、「なれあい」さん、と呼んでいたことがわかる。

 味間というところはお茶の産地、篠山口駅から列車に乗る。

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