« 屋根神、石臼墓 | トップページ | 小野川濱五郎入牢、評判を高める »

2007年7月11日 (水)

起渡船場石燈台

1191997_img  竹鼻町駒塚から木曽川の堤に出たが、交通量が多く、危なくて堤を降りて濃尾大橋に着く。橋から少し北の右岸に昭和31年9月7日羽島市と岐阜県の「史跡」に指定された石燈台がある。  

1191995_img  その説明板の中に「この石灯台は明和七年(一七七〇)に建てられたものである。伝承によれば竹鼻町伊勢屋の祖先の力士がある夜起町から木曽川を渡り新井の堤防へあがろうとしたが、道もわからず大変困ってしまった。そこで堤防の上に石灯台並びにその油代として田二反(一九九〇m)をも併せて寄付されたものです。」とある。  

 石燈銘は彦根藩に抱えられた儒者で伏見出身の龍公美の撰ならびに書、左面から背面にかけて刻まれ、渡船の模様が詠まれている。  

 美濃街道を北上、蓮池が多く、花が咲き始めていた。尾濃大橋を渡って玉ノ井堤下墓地、玉ノ井東西墓地を見たが、甲喜三郎の墓は見あたらず。もうどこの墓地でもほとんどが昭和40年以降に建て替えられている。  

 石灯台の建設基金を捻出したという力士の消息ももちろんわからない。

|

« 屋根神、石臼墓 | トップページ | 小野川濱五郎入牢、評判を高める »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/84424/7095559

この記事へのトラックバック一覧です: 起渡船場石燈台:

« 屋根神、石臼墓 | トップページ | 小野川濱五郎入牢、評判を高める »