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2007年9月11日 (火)

岐阜県出身歴史上の名力士展

 過日、垂井宿にある中山道ミニ博物館にあらかじめ電話して訪ねる。宿場の地図には在りかが載っているのでわかったが、標示も目立たず、ふつうなら見過ごしてしまうであろう。厳密に言えば中山道でなく美濃路にある。

 中山道に関する資料2500点をはじめ、収蔵品は1万点を超す。寄贈品もあるが、多くは京都の八木書店などから手に入れたという。

 相撲は鏡岩、鬼面山、白真弓など、番付、錦絵など。越後村松出身の鏡岩の番付や絵が多く、加納宿にぶたれ坊を安置して罪を償ったという鏡岩と混在、冊子にその疑問点を挙げ、今後の研究課題と述べている。

 すばらしいのは鬼面山が郷里の鷲巣村が洪水で被害を受け、飢饉にさらされた文久元年、稽古相撲を願い出て、その上がり拾両を村人に壱朱ずつ渡している文書。父の墓を建てたのも、白山神社の常夜灯一対を寄進したのも文久元年である。

 京都相撲力士が「奠都」と書かれた旗を持って御鳳輦の前を行く絵も珍しい。鏡岩大五郎が錦旗捧持者に選ばれたという話は子孫が伝え聞いていて、『東海の相撲史』第38号で寺町進氏が記している。この時まだ番付五段目にあり、いかがなものか。

 中山道を青墓、昼飯と珍しい地名の遺跡など見、美濃国分寺跡、赤坂宿へと歩く。朝鮮通信使や和宮らもこちらを通過したので見るべきところが多い。

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