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2007年9月15日 (土)

隠岐古典相撲

 島で吉事があると行われる隠岐古典相撲、昨年の新空港につづき、今年は隠岐水産高校の創立百周年を記念して、同校で開催された。

 今日の午後5時行司の口上に引き続き、中学生の草結で火蓋を切り、明日の正午まで夜を徹して行われる。9時過ぎ、山陰中央新報が写真入りでニュースを流している。

 以前見に行ったときは寒くてふるえての観戦、派手な塩撒きなどが印象に残る。飛行機の時間の関係で大関が柱に乗って凱旋する場面は見ずに帰ってきたことが悔やまれる。

 

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コメント

弥生時代、圧倒的青銅器文化を誇ったのは出雲だったことは考古学的にゆるぎないでしょう。世界史的にみて四大河文明の周辺文明圏では青銅器時代は女権社会が多く女王が祭司権を行使する社会がしばしばあった。それが鉄器時代になると好戦的男王社会に変わったと思われる。日本は世界史的にみて青銅器時代が短すぎて女王国がなかなか形成されなかったが出雲には女王が君臨した形跡が感じられそれがイザナミの埋葬地が出雲にあると古事記には書かれている。日本書紀は全くべつの熊野にしているが、日本書紀の作者が日本神話の霊性の根源を自覚していた証拠で、埋葬地を改変し出雲神話の記述量を削減したと思われる。

投稿: 島根考古学ファン | 2010年1月 4日 (月) 18時10分

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