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2007年10月 8日 (月)

当麻寺にある力士墓

 奈良県は「相撲の史跡」に取り上げていないので、葛城市での相撲展にあわせて紹介していく。

 当麻寺への道筋にある当麻蹴速塚といわれる五輪塔は、実は当麻為信の墓で、わたしは確認していないが、台石の下部にそのように刻まれているという。享保十七年の『当麻宇治高田由緒記』には、「当麻八郎為信 延暦二十四年八月十四日 六十八歳 地蔵ヶ辻葬」といったことが記されている。(『日本歴史地名大系 奈良県の地名』 平凡社 参照)

 当麻寺の奥ノ院入口右手、大師堂の鐘楼脇にある墓地に、宝暦七年四月、同十一年五月、安永七年七月といった古い力士墓がある。寛政十一年六月鎌田村網浦傳左衛門、文政十年九月土庫村岩戸嶋熊治郎(安永年間の大坂相撲中相撲に名がある)、天保二年三月大畠村荒熊久右ヱ門のほか、若竹佐兵衛とか、良福寺村といった刻銘が見られる墓などがある。

 以前紹介した『竹園日記』にも、良福寺相撲、当麻相撲、勝根相撲、大畠相撲、五位堂相撲、池尻相撲、野口相撲、坊城相撲といった村名を冠した記述が出てきて、このあたりで相撲が盛んに行われていたことが知れる。

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