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2007年10月16日 (火)

鏡山清一郎、吉野川代々

 五條市二見の生蓮寺本堂右手に十代目鏡山清一郎の墓がある。右面に略伝があり、大和二見生まれ、初め若柳、後釈迦ヶ嶽と改名などとあるが、大正十五年に建てられていて、本人の歿年は不明。 ここに墓があることは河内相撲史談会の大西英利さんの調査でわかった(『かわち誌』第3号に詳細)。

 墓地に吉野川弥一郎(明治二十七年建)、吉野川末吉(大正五年建)、吉野川熊吉(大正十三年死)があり、五條戎講や宇智郡戎講世話人中などとある。大和五條河原での興行番付にも世話人に戎講世話人中の名があり、吉野川とか春日山といった頭取名が見られる。

  吉野川は安永五年の大坂番付にも、五條 吉野川善兵衛が見え、慶應の大坂番付にも吉野川浅吉の名を見る。

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