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2007年10月24日 (水)

大の松為次郎

 香芝市穴虫西の智足庵左手に大の松為次郎(大正四年六月上旬 門弟中)の墓碑がある。『二上村史』に大正四年六月大坂山口神社で引退興行をおこなったとあり、その折に建てたもの。

 同十四年十一月六日六十三歳で歿したが、その葬儀に初嵐という親友が来て棺をかついだという。葛城相撲館に大和穴虫組と河内春日組が大正四年二月十一日当麻寺で興行した板番付があり、勧進元初嵐貞吉、頭取大ノ松為次郎の名がある。初嵐は大阪相撲高田川部屋の幕内力士。

 良福寺の阿日寺に森ヶ崎頭取(明治十六年増井熊吉建)。

 『大和馬見町史』に大塚に鐘之尾卯吉墓(元治元年二月十三日 門弟中)が紹介されているが、未発見。前名源氏山、池尻の初瀬山、新庄の住ノ江と競ったという。

 初代鐘之尾は高田の龍王山で、この墓も不明。源氏山は二代目。大和高田も相撲が盛んなところなので、もっと墓が出てきてもよさそうだが、引退時に建てるという風習がなかったのかもしれない。

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