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2007年11月 9日 (金)

鶴ヶ濱熊吉碑は久留島武郎書

 奈良市米谷町の生家に、正面「東京力士 二代目鶴ヶ濱熊吉出生之地 久留島武郎書」、左面「明治二十三年九月東京力士鶴ヶ濱トナル 明治四十年一月年寄伊勢ヶ浜勘太夫ト改名ス 昭和二十四年一月 清水勝嗣建之」とある碑が建っている。

 揮毫している久留島武郎は昭和二十年の空襲で東京の家を焼かれ、奈良市の寧楽女塾の一室を借り、童話の普及に全国を回っていた。

 大正十二年の三河島事件で弟子の司天龍の行動に責任を感じ、除名するとともに、自らも角界を去った。今の角界のおえらい人たちに爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ。

 墓は東京都大田区の池上本門寺内の法泉寺墓地にある。

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