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2007年11月 7日 (水)

住ノ江濱之助

 奈良市阪原町へ秋祭りの神事相撲を見に行った折り、神奈川県からふるさとへ来ておられた住ノ江の子孫と偶然にも出会った。

 中村の共同墓地に墓があり、左面に碑文がある。

 俗名捨吉當中村藤垣清造三男嘉永三戌年拾二歳志ヲ立家ヲ出大和八木町在中村某家ニ身ヲ寄勤仕数拾年元治元年齢二拾有六歳骨格偉大幸朋友ノ進ニヨリ大坂角力小野川部屋ニ入力士トナリ名ヲ源氏山ト呼後住ノ江源蔵ト改三拾歳ニ至大坂南区塩町二丁目五番地ニ家ヲ購ヒ居ヲ茲ニ定仝時力士退隠頭取ニ舉ラル其ノ傍宿屋業ヲ營逐年隆盛ノ基礎固ク于時偶病ニ罹リ不幸起能ズ遂ニ明治四拾三年三月廿五日歿ス享年七拾二歳

 ふるさとの長尾神社に狛犬一対(明治三十六年九月)と神輿を奉納している。小太鼓には「明治三十五年十月十七日大阪市南区塩町二丁目住ノ江うめ奉納」とある。

 大阪市天王寺区の一心寺にある住ノ江家の墓は棹石が六角柱で、それぞれに戒名が刻まれている。棹石は回転式になっていて、命日に当たる人を正面にもってきて法要を営むという。このこともご子孫から教わった。

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