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2008年3月20日 (木)

はりま

 ネットで新番付を見て珍しくひらがなのしこなかと思ったが、「播」が石偏で、表示できないからと本番付が届いてわかった。小兵で手取り力士なんだから手を取ったのか、あまり画数などにこだわらず、地域の名前などは意味が通じなくなる文字に変えないで欲しい。

 「はりま勝原」というJRの駅が15日にオープン。姫路市の勝原区は調査が十分でない1212165_img ので、駅ができたのを幸いに歩くことにする。午前十時、駅からまっすぐに南下、西土井墓地の三輪里善兵衛、絹川與作発願の絹川太蔵、天満墓地の大甲甚助の墓は今もあることを確認。そして、神明神社の「天満力石」(平成14年8月姫路市重要民俗文化財指定)を見る。

1212173_img  古い家並みが残る旧道を西へ。長松区の武大神社にも力石、説明板もある。そして、魚吹(うすき)八幡神社へ。ここには三ノ宮卯之助の「曲持」銘の力石もあり、平成18年12月に建立された彼の巨大な像がある。十月二十一日の例祭には天満地区など各地区から屋台が宮入したあと、石担ぎが行われる。

 大津茂川沿いに北上、田井区の墓地に玉川嘉助(天保十五年)、朝日谷墓地に井ノ植久兵衛(天保十二年十月七日 門弟中)。朝日谷にも三個の力石が保存されていた。朝日谷では八月十五日に「火揚げ」という行事が今もあり、そのいわれの説明板、大人用十九メートル、子供用十二メートルの竿が保存されている。降雨を願って行われたという。

 檀特山をぐるりと回って牛飼、川島、下出などの墓地を見て、丁(よろ)という珍し地名のところにある瓢古墳を見、山戸公園墓地で七ッ星市助(明治二十六年一月十三日)を確認、七時間ほとんど歩き続けて午後五時はりま勝原駅に戻る。

 

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