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2008年4月28日 (月)

桜すもう

 4月20日倉吉市の桜すもう、琴櫻の佐渡ヶ嶽親方が亡くなって初めての大会は親方への黙祷で始まった。現親方と琴欧洲の間に立つ琴光喜のなんと小さく見えることか。親方の妻や子どもたちも出席していた。

1222262_img  相撲は見ることなく、東へまっすぐ、下田中町の天神川堤防へ出る。伯耆川元太郎の碑を見て北上、新田墓地入口に朝日鶴與助、大塚に放塚茂右衛門、天神橋近くに森山永助、いずれの墓も年月が刻まれていない。

 橋を渡って湯梨浜町の旧羽合町へ。勝福寺(龍谷大学の若くて信望が集まる学長の自坊、帰ってからこの町出身のHさんに報告していて気がつく)の北に長瀬神社があり、そこから東に行けども行けども墓地が出てくるところを探し歩く。しかし見つからず。東郷池を見ながら急ぎ足で松崎駅へ。

1222266_img  以前日が暮れて十分探せていない泊へ。地区の西入口、常夜灯のそばにある玉乃龍利七(明治廿三年(以下判読困難))、一守惣吉(文化十二乙戌歳十二月十八日)を今一度確認。享和の大坂番付に見える一ッ森宗吉かと思える。

 共同墓地に友綱恵七(明治十年旧正月廿六日)、沖津浪常四郎(明治十三年十月十六日)、以前は道路端にあったという。さらに、友綱弥蔵(明治三十六年八月十二日)。

 天保の沖津浪勇吉は見つけ出せなかった。

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