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2008年4月 8日 (火)

古市にある力士墓

 旧丹南町、現篠山市の古市、平成18年1月『私小説的 古市の歴史』という本が地元宗玄寺住職酒井勝彦さんによって出版されている。それに力士の墓が三基写真入りで紹介されている。

 これらの墓がどこにあるのか2万5千分の地形図に墓地の印がないので、お寺を訪ねていかなければと思いつつ延び延びになっていたが、三基の中の一つ酒井熊蔵祈念碑のことに触れたブログをいち早く見つけた柏野さんのご教示で見てみると、玉手箱さんらしい人の質問に国道372号と176号が合流するところとの回答(2006/11/06)が載っていた。

 墓地の入口に向かって右手に、正面「小枝川」、右面「明治四辛未十月立」、台石「門人中」、左面は判読しがたい。左手に、正面「枝川内 朝の川徳松」、右面「明治九年子九月十三日」、台石「世話人」。

 三田市内で見うける大坂頭取枝川(藤ヶ嶽彦蔵、吉川町出身)の勢力下であったことがわかる。小枝川のしこ名は三田市内にも二基確認されており、この古市の墓が最も古くなり、代数が変わってくる。

 酒井熊蔵祈念碑というのは大正九年に「酒井熊蔵祈念碑建設地貸与を承認」という文書があるのだが、墓は正面「若熊ノ墓」、右面「大正九年九月十三日建之」、左面「俗名酒井熊蔵」、台石「門人中」とあって墓地北の入口そばに建っている。南八代の出身なので承認を必要としたのであろうか? 明治二年の百姓一揆に参加して活躍したという。

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