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2008年4月 7日 (月)

太子町を歩く

 兵庫県の太子町は「相撲の史跡5」に取り上げていないので歩く。網干駅から西へ、宮本から南下、山陽本線の南側へ、林田川沿いに北上、老原から新幹線の北側へ、そして終着は「斑鳩寺の大開帳ー聖俗混沌・宝物公開の場ー」を催している太子町歴史資料館。

 どの地区の墓地にも台石に「門弟中」とある墓がなんと多いことか。竿石だけが建て替えられたりしていて、もとは力士の墓だったりしたら、と思ったりするが、算盤、裁縫などなど、寺小屋の先生たちの墓なのである。聖徳太子ゆかりの地だけあって、学問への敬愛の念が強い町だと感心する。

1222207_img  台石に「産児中」とある珍しく産婆さんの墓もあった。

 相撲取りは竹広墓地に浦ヶ濱甚五郎(弘化四未年正月 世話人吉左右衛門)と老原墓地の梶ヶ崎定右衛門(明治十一年寅八月八日 弟子中 合田氏)の二基。

 「播磨鑑」に宮本武蔵の出生地とある宮本には顕彰碑が建ち公園となっている。老人ホームの人たちがお花見を楽しんでいた。 ここにも力石があった。

 太子町立歴史博物館の展示、御開帳での芝居興行をめぐっての争いなど興味深く見て回った。文書など展示資料釈文がプリントされていてありがたかった。相撲に関する記述は展示品にはなかった。

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