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2008年4月27日 (日)

気高町、鹿野町

1222231_img  宝木から南へ、気高町重高の山際に橘和七墓(天保十五歳辰三月十五日)、正壽寺門前に橘新八(明治四十年十月)。門前ではたまたま農作業に来た新八さんの子孫に出くわす。

 鹿野往来に着いたのは1時過ぎ、「夢こみち」で“すげ笠弁当”。菅笠の上に15種類くらいの自然食が薄味で出されてくる。食前酒、デザートもついて1,000円。

1222249_img  往来の両入口にあるすもうとり塚を見た後、浜村へ向かって北上、今市の国民宿舎近くの道路脇に、頭取鷲峯山正照之碑 二十二代木村庄之助書(昭和廿九年五月建)。

 宮方には中原名人誕生之地の碑、もちろん将棋の駒を象っている。生まれて1か月後に塩竃市に移っている。

 浜村には海岸近くに広い墓地があるので見に行ったが、力士墓は見あたらず。小泉八雲もこの墓地を見に来たという説明板が建っていた。途中木下六蔵翁碑の前に「藝名 祇國静嘉之塚」が二基あり、ともに昭和七年十一月三日 本名木下國市とある。役者か?

 駅前の足湯で休息、午後6時半の列車で倉吉へ。

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