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2008年4月26日 (土)

両国さん

 宝木駅に降り、両国梶之助の墓へ、今回が三度目だが、JR駅から行くと気がつかなかった標示があるのを知って見に行く。どうやら国道からの入口にあるように思えるので海1222226_img 1222227_img 岸べりに出る。小雨だが激しい風に傘はさしているものの、リュックカバーを忘れてきたのでずくずく。大きな石に「両国梶之助墓地入口」の標示、坂道を降りるところにも標示があった。

 両国さんの墓は山を登っていった中腹にあるが、道が悪いので下の供養墓に参る。澤山家の墓も両国さんのところにあったが、今は新しい墓石になって供養墓の前に並んでいる。両国さんの右手には友綱茂助の墓もある。

1222278_img  『寶木物語』という冊子は1967年1月3日両国さんの子孫を訪ねた折いただいたのだが、表紙の絵はその当時の娘さんが描いたもの。そこには「宝木坂墓地は米子の士(墓碑に記名せざるによりあへて究明せず 荒尾家の説あり)によって宝暦七年五十回忌に建てられたものである。本墓はこの処より登ること七八十間の山腹沢山氏墓地に 法号春山登雲 俗名山の井梶之助 宝永四年正月廿四日 交通不便の当時の事とて頭髪が送られたらしく之を葬ったと伝へられる 五十回忌墓碑の側には 宝永五子正月二十四日没 法号春山洞雲 貴 宝暦七当五十年回 再築施主 伯州佳士」とある。

 菩提寺である山中鹿之助ゆかりの幸盛寺過去帳には「宝永五年正月二十四日 春山登雲 山ノ井梶之助事」とある。

 両国さんの墓へ行かれたら、供養墓の左手から山に登って本墓にも参ってあげてください。

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