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2008年6月 7日 (土)

播磨屋中井家永代帳に東関庄助

 史料館叢書4『播磨屋中井家永代帳』(国史史料館編 東京大学出版会発行)に東関庄助が出てくる。

 播磨屋は昭和2年の金融恐慌まで存在した中井銀行の前身。その3代播磨屋新右衛門は天明7年4月20日に25歳の若さで亡くなるが、17日にはその枕元に泊まり番として按摩伯秀などとともに東関庄助が詰めている。

 そして、精進ものの返礼に配りものをしたおよそ200軒の名にも「角力庄助」がある。

 この東関庄助は天明3年11月限りで土俵を去った初代。墓所も歿年も目下不明。

 二代の名乗り「日本橋」は播磨屋ゆかりの場所、また三代以降の東関の墓がある碩運寺過去帳には三代が「播磨屋勝五郎」と記録されており、播磨屋と東関の関係は深そうである。

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