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2008年8月16日 (土)

陣幕は石の宝殿で茶屋経営

 『高砂市史 第五巻 史料編 近世』に、「第五章 高砂の文化 第六節 名所としての高砂」の項があり、いろんな人の道中日記が収録されている。

 上州板宿宿金井忠兵衛の長崎への旅「伊勢参宮并大社拝礼紀行(抄)」の文政五年二月九日に“石の宝殿 御拝殿 焼失ニ而普請すたて出来也 此所二丁程前二角力取龍門茶やあり、土俵入の画あり、よき茶やニ而泊りもよし”

 オランダ商館長レフィスゾーンの江戸参府の旅「江戸参府日記(抄)」の嘉永三年三月十五日に“ここWOEASAKIで、昼食をとり、われわれの部屋で、以前そこに住んでいたことがある七フィート余の脊の高さがあったはずだと思われる相撲の、非常に大きな手形を見た。”

 武蔵国清水源之丞の伊勢・西国の旅「道中日記手控書(抄)」の安政六年二月二十八日に“生石子村石の宝殿江参詣納経取、壱丁下りおふ崎村龍門事陣幕、其家ニ而中飯代四十八文”

 火災は生石神社の飛び火によるもの、そして「龍門茶屋」というめし屋を経営していたことがわかる。文政五年に陣幕と改名するが、屋号も「陣幕」に変えたのだろう。壁に大きく「陣幕」とあるのは食事処の看板なのである。

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