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2008年11月 6日 (木)

黒虎相撲など

 笹川で下車する予定も外して終着駅に着いたがもう4時を回っていて薄暗かった。

 駅近くの東岸寺、入ってすぐ左手に高見山酉之助の墓があった。本人が両親のために建てたもので、右面に彼の法名も刻まれている。

 前に行っている初代千賀ノ浦墓はもちろん、未見の二代千賀ノ浦奉献の灯籠がある川口神社、そして、このあたりの出身と思われる大濱岩五郎、陣立平蔵などの調査もあきらめる。どうもチョウシがあがらない。

 黒い湯の温泉で疲れを癒し、九十九里浜でのご来光を期待したが、曇り空でアサヒは拝めず、最近建てられたイイオカおの助三郎像、助三郎墓、繁蔵首塚を見て、網戸の東漸寺でこのあたり出身と思われる高砂幸蔵を捜したが、見あたらず。

1262653_img  豆屋さんで落花生を買って、そのフクロを下げたまま太田神社へ。お囃子の奉納が終わって黒虎相撲。まずは横綱が東西から一人づつ、太刀持ちも露払いもしたがえずの一人土俵入り。次いで青年の土俵入り。そして青年の取組、子どもたちの取組。

 鳥居脇には力石が二基。安永八年鳥居を奉献したときの基礎石の中から選んだもので、大きい方55貫を持ち上げたのはただ一人とある。

 小錦八十吉の墓を訪ねる。低空を航空機がヨコぎることシバしば。昭和56年6月24日に町の史跡に指定された。実家の理髪店の裏に共同墓地があり、その入口。金比羅神社鳥居脇玉垣に「横綱小錦八十吉」があるが、横綱になっていない時のものが左隅にある。

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