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2008年11月16日 (日)

砂川捨丸の父も祖父も相撲取り

 大阪歴史博物館に砂川捨丸さんの子孫から祖父糸櫻茂平と父駒嵐の番付での地位について問い合わせがあったとのメールを学芸員の方からいただいた。

 出身地の摂津市にある力士の墓については郷土史を調べている方から2004年に相撲博物館にそのリストが提示されていて、その中に糸櫻茂平も載っている。

 わたしは見逃していて、「相撲の史跡5」に載せていない。あわてて見に行ったが、この時点でも捨丸さんの祖父であるとは気がつかなかった。

 今一度見に行く。まず摂津市民図書館で「上方漫才の神々砂川捨丸伝」を見る。これは『上方芸能』22号から連載された吉田留三郎の「砂川捨丸の一生」を複写して冊子にしたもので、糸櫻は大阪の貧乏神までいった相撲取りだという話を聞いて、あの痩せた人の祖父と父が相撲取りとは、などと記されている。

 新在家墓地も二個所に分かれ、整理されたり、建て直されたりしている墓が多い。

1262688_img  糸櫻の墓は正面「糸櫻茂平塚」、右面が「明治十六年十月建立」、左面が「願主 池上安吉」、台石正面に「施主 両村」とある。その右傍らには小さい石仏もある。

 願主の池上安吉が息子で駒嵐と名乗っていたといい、子孫の話では1910年亡くなっている。しかし、この墓地には駒嵐の刻字のある墓はない。一緒に葬られているのかもしれない。他に池上家の墓が二基あるが、家紋が異なる。両村とは味生と鳥飼のことか。

 大阪番付には現時点で二人の名は見つけ出せない。お気づきの方があればご教示ください。

1262691_img  モノレール南摂津駅近くのオークワ前に砂川捨丸像がある。平成11年に建てられたもので、背面に「故砂川捨丸氏(本名池上捨吉)は、明治二三年に大阪府三島郡味生村新在家(現在、摂津市新在家)に生まれた。……」などと刻まれている。捨丸さんの墓はどこなのだろう。神戸?

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