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2009年4月 5日 (日)

膳所藩郡方日記

 雷電為右衛門一行が興行したと思われる栗東市綣から中山道を北へ進むと、守山市古高町へ行く角に古高俊太郎出生地の石標がある。昭和39年5月19日百年祭記念遺徳顕彰会によって建てられたもの。

1272783_img  さらに進むと左手に焔魔堂があり、その前の諏訪神社の左隅に「是より南淀藩領」の領界石がある。

 草津市は草津川を境に、南は膳所藩領が多いが、北は淀藩、そして菰野藩、前橋藩、河内狭山藩、旗本などが入り組む複雑な形態になっていた。

 『膳所藩郡方日記』が元禄から天保にかけて、膳所藩史料を読む会によって一部活字化されている。それには各村から藩に出された相撲興行関係の文書があり、4月25日から催される草津宿街道交流館での相撲展でもそれが中心となって紹介される。

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