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2009年7月 7日 (火)

響灘立吉の墓か?

 以前から気になる響灘立吉の墓を姫路市にある名古山霊苑の無縁墓群の中で見つけた。

 前面も左右面も他の墓があって、動かそうにもどうにもならない。かすかな隙間から見える刻字、墓の大きさ、勘からほぼまちがいなしと判定した。背面に碑文があるかもしれないが、これはどうしようもない。もちろん台石などもない。今、生家の子孫と相撲絵がきっかけで交流のある三河國さんに頼んで、裏付けを取っている。

 さらに、廣之海墓と刻まれた墓もあった。こちらは左面の一部が見え、号棒火矢とか、朝日山四郎右衛門弟子などと読め、廣之海富五郎であることがわかる。右面上部に嘉永二年と見えるので現役死亡。

 他にも御所嶋、浅尾山、桐島などがある。が、蚊が多く、11月頃改めて行くことにする。力のある人、手伝ってくれるとうれしい。

 戦災を受け、寺院にあった墓がここに集められているが、すっかり新しい墓に建て替えられていて、高く積まれた無縁墓群はどんどん増えていく。響灘と思われる墓や廣之海は低い位置にあるのでそれだけは助かる。

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