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2009年10月 3日 (土)

土山の高砂浦右衛門

 『相撲史発掘』第62号の“江戸大相撲熱戦譜 文政四年冬場所”に「高砂以外の17力士の数え年が判明」とある、その高砂浦右衛門のことが、『翻刻 播磨奇人伝』に載っている。

 この本には「小野川秀五郎父」も載っていて、これは『高砂市史』に採録されているので知っていたが、平成18年12月に『翻刻 播磨奇人伝』(宇都宮大潔著 大国正美校訂解説)が播磨学研究所から発行されていることがわかり、兵庫県立図書館で見てきた。

 「姫路侯より扶持下され長く御前へも直々出入し奉りぬ、……年もたけて家にかへりて庄屋をつとめ村方の大ひなる為筋となりたること尤多し…… 朝夕のつとめも甚たよろしとそ、大ひなる身にして孫を脊負ひ手作りの草履をはき村中を日々夜々歩行し、よしあしと業にはけむとはけまさるを見廻りて……、」などその人となりが連綿とつづられていて、弟子の七種山、高砂(船場)、龍門、大鳴戸のことも記されている。

 残念ながら生年を確認できる記述はない。土山に墓はあるが、生家は残っていない。

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