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2009年11月22日 (日)

淀城と勝龍寺城を巡る 

 京都市考古資料館開館30周年記念「京都 秀吉の時代」記念事業イベント スタンプラリーに参加。

 JR長岡京駅東口と京阪淀駅前の與杼神社の双方からスタートするのだが、長岡京駅から午後1時出発。まず神足神社、以前は駅名も神足(こうたり)であった。中世の土塁、空堀などが残っている。駅伝などで京都の選手がお守りをつけて走っているが、この神足神社のお守りでたびたび優勝している。

 勝龍寺城は細川ガラシャも一時住んだところ、勝龍寺は十一面観音など秘仏が多い。

 恵解山(いげのやま)古墳は古墳時代中期の前方後円墳で、昭和55年の墓地拡張工事の際、鉄製の武器が約700点も出土した乙訓最大で、国史跡に指定されている。後円部にある墓地は勝竜寺地区の人たちの墓地で、そのまま残し、平成26年めざして整備される予定。

 次いで、長岡京の解明に遺跡を発掘したりした中山修一記念館へ。図面など遺品を拝見。

 ここで、サントリーからは飲み物、淀競馬場からはグッズ、そして埋蔵品の絵はがきをいただく。

 小畑川を渡り、高速や新幹線のガードをくぐって京都市の埋蔵品を収蔵している水垂収蔵庫へ。そして桂川を渡り、納所の妙教寺へ。

 妙教寺や納所小学校のあたりが淀君が住んでいた淀城の跡ではないかと推定されている。妙教寺には戊辰戦争の際、大砲の弾が本堂の壁や柱を突き抜けた跡が残されていて、弾も保存されている。

1313120_img  境内には上官の代わりに絞首刑になった檀家の木村久夫さんの慰霊碑、歌碑が建つ。その心境は「きけわだつみのこえ」に収録されている。

 朝鮮通信使が上陸した地点「唐人雁木」碑は新しく、古いものは他の道標などとともに淀城跡にかためて移されている。江戸期の淀城跡もこの日は石垣の上へ出られるようにしてあった。

 與杼神社は神輿庫などが開かれていて、江戸期の古いタイプの神輿が珍しかった。

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