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2010年4月10日 (土)

すなごやま消える、藤吉はあり

 京から大津への小関越え、三井寺への近道にもなっているが、道を広げている。今に車がびゅーんびゅーんと走ることだろう。峠には地蔵さんが祀られているが、道の拡張で見つかったもの。

 小関町にある墓地にあった砂子山三代の墓が無くなっていた。背部の崖が崩れて危険な状態になり、子孫も不明なので取り除かれた。無縁塔にも残っていない。大津の相撲では欠かすことのできない四股名の力士で残念である。

 「江戸時代相撲名鑑」は、“砂子”を“いさご”で統一しているが、大坂番付には“ときつかぜ”、“ひでのうみ”、“あかし川”同様に、“すなご山龜之助”と仮名書きになっているので、「すなごやま」と呼んでいたと思われる。

1323208_img_2  入口近くにある水海藤吉の墓は今もある。

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