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2010年5月 8日 (土)

尾崎の力士墓

 坂越トンネルを抜け、千種川左岸を山際の墓を見ながら下る。尾崎のトンネルを抜けると左手に墓地。

1333384_img  尾崎淨苑で、入口には力士墓がお出迎え。「明治十丑年九月廿六日 若之浦新助」とある。

 さらに奥へ進むと、右手中央奥に若柳卯八、背面に「明治四十丁未年四月力士一同建之」とあり、世話人として五人が名を連ねている。

 左手には重獅子徳兵衛、右面に「明治四十四年六月十四日」とあり、背面に「大正拾年五月建之」とあり、世話人として、若石長七、若港直治、時ノ矢定助らの名がある。

 三つとも自然石の巨石、正面には中央に大きく「南無阿弥陀佛」と刻まれているので、力士墓とは気づきにくい。

 尾崎にある赤穂八幡宮に、番付入りの絵馬。これは剥落していて内容はわからない。相撲板番付は羽黒山・照国一行、前田山・東富士一行、曙・武蔵丸一行。

1333390_img  そして、頭取・世話人だけを記したものがあった。墓があった若柳卯八、重獅子の墓に世話人として名のある若港直治、時ノ矢定助の名がある。ということは明治末年のものであることがわかる。

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