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2010年5月 5日 (水)

西有年の二本杉

 昨年の九月このブログに、『ふるさと思考』という冊子が有年公民館から出ていて、その二十八、二十九に「相撲の歴史と二本杉の墓」と題して書かれていると記したが、その二本杉の墓と大避神社の板番付を見に行く。

1333346_img  文化財指定の有年(ありとし)家長屋門を過ぎ、鉄工所の前の道端に石造物が並んでいるので近づく。

 その中のいちばん大きいのが二本杉の供養塔であった。下部に「二本杉」、右側に「明治九丙子四月建、福田九平妻テフ」、左側に「法名 釈大竜 尼□泰?」、台石上部に横書きで「角力中」、その下部に縦書きで「黒岩秀吉 小石川佐太郎 小柳松太郎 嵐岩石松 大石又五郎 都川大吉 時湊作造 黒石武市」と読める。

 大避神社に着く。左手の須賀神社拝殿に絵馬は掲げられており、その中に番付があったが判読はむずかしい。望遠鏡で覗く。

 東 大関 岩橋巳作 関脇 大勇芳松 小結 若湊松太郎 前頭 大林安造 玉勇喜太郎 宮川松太郎

 西 大関 荒瀧定次郎 関脇 荒岬甚助 小結 都石清兵衛 前頭 荒勇善三郎 時登□□ 時勇市之助(二段目以下略)

 頭取は東に荒瀧理太郎 濡髪甚八 一ノ谷□□、西に鬼勝仁作 若松枩蔵 高岬文太郎

 勧進元は二本杉茂兵衛。世話人の東にも二本杉茂兵衛の名がある。

 「明治元戊辰年十月吉日大入」とあり、供養墓に名のある力士名は下部にあるのかもしれないが、判読できない。東関脇の大勇芳松と前頭宮川松太郎は『町史点描 新宮物語』(2001年3月)の「番付から見た新宮の相撲」にある明治4年の興行一覧に名がある。

 多分二本杉が近辺の相撲集団を招いて興行した板番付と思える。

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