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2010年7月 6日 (火)

「大津町の力士たち」

 以前「大津町の力士たち」の墓碑を拓本にとられた展示を見に行き、それぞれの墓碑を案内していただいたが、その後の調査をも踏まえ、ことし3月に新しい冊子ができ、ご送付いただいた。

 また、文献史料として、「陣内志談」、「大津史」(昭和30年)、「寿賀廼舎日記」、「大津町史」(昭和63年)の中に見られる相撲に関する事項のコピーをもいただいた。

 そして、三ヶ濱次兵衛の墓碑に「天保八酉年十月廿三日 大阪頭取三保ヶ関喜八郎門弟」とあるが、大坂番付に出てくるかとのご質問をいただいた。

 三保ヶ関喜八郎の名乗りは文政十年からである。三ヶ濱次兵衛は天保八年に五十九歳で亡くなっているので、相撲取りとしてではなく、地方頭取として興行等に貢献したための門弟免許と思われる。

 地方に建てられている門弟たちが建てた頭取墓も実際には相撲取り上がりではなく、名主とか舟運、土木関係を取り締まっている人たちのものがほとんどだと見ている。

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