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2010年9月19日 (日)

櫻井慶次郎日記と南木芳太郎日記

 平成21年度発行された大阪市史史料第73輯『櫻井慶次郎日記』と第74輯『南木芳太郎日記』を見る。

 櫻井慶次郎は住之江区の加賀屋新田に住、安政2年から明治3年までの記録が収録されているが、相撲見物などの記録はない。一つ、慶應2年3月22日上ノ太子に参拝する記述の項に、「八鶴山徳兵衛ニ親類も大体承ル」とある。

 太子町に現存する八鶴山墓の中に、徳兵衛は見あたらないが、代々受け継がれている頭取名である。力士というより若者を束ねていた親方、庄屋といったところと思える。

 『南木芳太郎日記』には昭和5年分が収録されており、浮世絵、風俗、食道楽、芝居などいろんな会合に毎日のように出かけていて、いろいろな人たちの名が出てくるが、相撲に関する記述はない。続刊の予定。

 大阪城天守閣から南木コレクションがまとめられて出ているが、相撲関係は昭和56年に催された「相撲と錦絵と番付展」の冊子に記載されている目録と変わりがない。

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