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2010年11月28日 (日)

立川

 尼崎郷土史研究会の朝倉昌夫さんが一月に亡くなったと喪中のお知らせをいただいた。お会いしたことがないが、寺院の中の墓地が調べにくくなったとお便りに書かれていたことがあった。同感。お年が私より三つも上であった。謹んでご冥福をお祈りする。

 『みちしるべ』(尼崎郷土史研究会会報)第17号に「尼崎市内の相撲関係碑」を発表されている中で、未訪のものを見に行く。東園田町1丁目の富田霊園は猪名川の改修で移転したとあり、立川墓がある。明治廿四年一月造立、台石に阪口藤治郎。

 ついでに豊中市原田南二丁目の原田曽根共同墓地に立ち寄ったが、千里川休五郎は見当たらず、新たに無縁墓群に鶴渡源蔵があった。側面などは見えず。

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