須影出身の武蔵川大治郎
昨年の10月3日「media jam』で、「郷土・羽生に江戸の力士7代目武蔵川の墓碑 寺院跡で発見」と市の文化財保護委員の調査が報じられた。
『相撲』の「年寄名跡の代々 武蔵川代々の巻」('91年5月号)は既にこの墓を調べて記述している。
ことしの5月24日「まにちゃんの歴史話」と題したブログが4回にわたって「7代目武蔵川大治郎墓碑の発見」と題して、詳細に記している。
そこには墓碑の正面、右面、左面の刻字が載っている。墓は亡くなって4年目の盆に建てられている。そして、「江戸下谷柳之稲荷大乗寺(ママ)有之」とある。本墓は大乗院で、後に郷里にも供養墓を建てていることがわかる。
そして、願主が荒潮斧治郎、武蔵川大治郎となっている。これは息子兄弟と思われる。嘉永5年の『相撲今人金剛傳』の「年寄連名」は武蔵川大治郎を「故武蔵川忰」と記している。兄は郷里での親方、弟が江戸の親方になったものと推察する。「動岩荒潮信士」という墓石もあるようだが、これが荒潮斧治郎ではないか。
大橋初五郎は武蔵川を継いでないものと思う。養子になったとしても「忰」と記さず、しこ名を記すであろう。
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