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2011年6月18日 (土)

京田辺市内に残る力士の石碑(墓石)

 昨年3月30日のブログ「京田辺市の力士墓」で、いずれ郷土史研究会誌に発表されると思うので、その後にこのブログでも紹介する予定と記した。

 『筒城』第56輯(2011年 京田辺市郷土史会)に、「京田辺市内に残る力士の石碑(墓石)」と題して、林 正さんが執筆されている。天保十年の棚倉孫神社の絵馬「奉納角力図」も紹介されていて、江戸期の相撲のことにも触れられている。

 現存している力士の墓21基、写真入りで紹介されている。『京都・滋賀の相撲』に洩れているものを教えてもらったり、刻字の誤り、寺域の墓地かと思ったのが、地域の共同墓地であったなど、いろいろご教示を受けた。

 西念寺薬師堂の場所、寺で教わり、だいぶん離れた消防署の北側であることがわかった。そこでびっくり、どの石仏も石塔もよだれかけをしていた。明和三、四年の京都番付中相撲に名が見える清水川惣吉(背面に、文化三丙寅年四月十日)も。

 他に新しく教わったのは、飯岡南原の山本共同墓地にある荒鎌弥兵衛(天保十三壬寅九月建 門弟中)、薪共同墓地にある早寅勘右衛門(明治廿一年三月)。

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