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2012年4月 3日 (火)

「金井忠兵衛旅日記」

 2008年8月16日のブログで、『高砂市史』第5巻に「金井忠兵衛旅日記」の陣幕が石の宝殿近くで経営している茶屋の記述があることを紹介したが、この日記そのものを国会図書館で見てきた。

 中山道を板鼻から名古屋へ、伊勢、熊野、大坂、そして石の宝殿。さらに山陽道を西へ長崎、帰路は山陰道を出雲、そして京とすごい距離を旅している。

 相撲の記述は久留米五穀宮大社の項で「角力興行関取一人も聞き及ばざる者ばかりなり」がある。この五穀神社では宝暦頃から芝居・相撲などが盛んに行われているのであるが、関東の人にとってはなじみのない名の力士であったのであろう。

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