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2012年6月29日 (金)

村雨

 播但線溝口で降りて、高橋、西治などの墓地を見、西田原の柳田國男・松岡家記念館、神崎郡歴史民俗資料館、神積寺を訪ね、東大貫から南下、余田を通って溝口に戻ってきたのだが、市川を渡る手前の墓地で一基見つかった。

 姫路市船津町宮脇で、入口に建っている。正面に「村雨墓」、左面に「俗名喜右ヱ門 生前建之」、右面に「安政二卯四月建之」、背面に夫婦の法名、台石に「門弟中」。

 吉田の安徳寺にも村雨富七の墓があったが、その系列か?

 10時から17時半まで、7時間あまりほとんど歩きづめ、傷めている右膝に違和感が残り、速度がずいぶん遅くなってきた。が、まだまだ行きたいところがあるので杖をついてでも行くかもしれない。

 ラジオ深夜便で俳人黒田杏子さんの「名残の花をめぐるしあわせ」を再放送していたが、とてもいいお話。

 80代になっても相撲の史跡発掘に出かけられるのはしあわせと思う。「相撲の史跡研究会」の4人、久しぶりに揃って9月29日、30日江戸近辺の力士墓を訪ねることとなっている。

 

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