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2012年6月28日 (木)

福崎町の相撲史跡を歩く その2

 高橋の高森大将軍とある社のそばの墓地に藤の森碑(明治三十六年四月建之 俗名高瀬太右衛門。台石上段に門弟中とあり、下段正面と左面にそれぞれ五名の力士名がある。

 東大貫に今若徳治郎墓(天保十己亥年正月吉旦建)、今若彌七之墓(明治廿五年建之)、勇山彌平墓(明治五申載二月初四日疾卒)と三基が墓地入口にある。三基とも台石に門弟中。『福崎町の文化財第三集』には「各種師匠」としているが、力士と見ていいと思う。

 東大貫の東に加西市畑がある。『福崎町史 第四巻 資料編Ⅱ』に、「姫路藩山崎組大庄屋日誌」が載せられていて、“姫路高砂浦右衛門より番付手紙来る、畑村鉄石角力いたし候ニ付”という記述がある。この畑村が加西市畑ではないかと思われる。『加西市内に残る力士の碑』(「播磨郷土史研究」第23号)には載っていないが、鉄石鉄五郎(慶應)の出身地ではないかと思われる。 

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